偉そうに日常を語っておきながら、よく読むとくだらないことしか書いてない中学生の日記。


by tmsdog_sweetish

世間一般にひきこもりと言われる人達について

Wonderlandという歌をご存知でしょうか?これまた私の好きな歌手の歌なんですけど、これはどうやらひきこもりの人達と、世間一般に言う普通の人間が主人公らしいんです。
こんな部分が有ります。

ねえ
扉を閉ざして
そこから動かないのは
臆病者のやることだと信じて疑いもしなかったんだよ
君を変えてやろうなんて恥ずかしく思いあがり
まるで天国かどこかに
導くように話しかけていた
顔を見るたび焦っていらいら
見当違いの使命感を抱いて
いったい僕はナニサマなんだ
ああ ほんとに馬鹿みたい

…これって、少し前までの自分だなぁと思っいました。
ここでも何回か話している不登校の子を、私は一生懸命学校に連れてこようとしていました。
学校に来る事が、その子にとって幸せな事だと思っていたんです。そして私の汚い本音で言えば、自分をいい人にしたかったのかもしれません。
本当に、『見当違いの使命感』を抱いていたんだと思います。

思い出すたび不思議な気がして
幸せがなんだかわかんなくなって
信じてたものが意味を亡くす
何か言おうとしてたの?

この曲を聴いて、『幸せ』っていうのは、自分みたいに生活できることや、金持ちになることや、きれいな恋人がいること、だけなんだろうか?と感じました。
『普通』というのは、世の中で大半の人が持っている同じ価値観を指すだけで、それが正しいと肯定できる根拠や理由はありません。多くの人が言う『普通』は、ある少数の人達から見れば、『異常』なんだと思います。
世間一般に言われる、『ひきこもり』の人達。
彼らにとって何が幸せなんでしょうか?
人は、生まれてから真っ先に『普通』を押し付けられて生きれば、それが『自分の日常』というものに変わっていきます。そうなってしまえばそれが『幸せ』です。多少の不満はあっても、心が良い意味で満たされるのなら、それはそれですばらしいと思います。
しかし、『普通』にたいして疑問を持ったら最後。どんどん答えのない問題に飲み込まれていきます。不登校になる前の子にはそういったものが感じられました。

Oh la la la
うらがえしの世界をごらんなさい
勇気があるなら
影は光に 醜さは美しさに
パッと変わる Wonderland

世間一般にひきこもり、と言われる人達の立場になってみると、今まで自分が美しいと感じていたものがとても醜いものに変わったり、非日常なことが日常になったりします。
そして、『影』だと思っていた場所が、唯一自分を受け入れてくれる『光』の場所に変わります。

僕が いつか捨てた
ガラクタを磨いて
ぴかぴかのそいつを抱いて
君はただ笑ってる
フツーに笑ってる

結局、『普通』っていうのは、世の中の多くを占める価値観なんです。
『普通』の自分が捨ててきたガラクタを、『普通じゃない』自分は自分にとって必要なものだとするんです。たとえそれがどれだけ汚れていても。
歌詞に出てくるふつうが、『フツー』となっているのは、難しい『普通』じゃないからなんだと思います。簡単にできる、『フツー』。自分にとって、当たり前のこと。

こういうことも視野に入れて、いろんな人と接したら、少しは自分、っていうものが見えてくるんじゃないかなぁ。

…たぶん。
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by tmsdog_sweetish | 2005-06-18 22:52 | その他